心と算命学

誰のせいでもなく、日々の生活の中で突然問題が起こり、波乱に巻き込まれることがあります。
 
半生をかけて築き上げてきた財産を一瞬で失ってしまった。ある日、父親が倒れて、それをきっかけに家族がバラバラになってしまった。子供が若くして、親より先にこの世を去ってしまった。
 
算命学は「なぜ、こんなことになってしまったのか」その原因を運勢の面から客観的に示してくれます。
 
その波乱の原因がわかると、時に人の心は現状を受け入れることができたり、出来事の原因を客観的に知ることによって癒されるという性質があるようです。すると、未来に向かって新しい生活のために現実的な行動を起こせるようになることがあります。
 
もう少し具体的に心のお話をします。
 
人の感情はエネルギーのうねりのようなものです。心を鎮めてじっとしていれば、いつか収まります。
 
でも人の心は記憶を使って、感情のうねりを作り出した原因となる出来事を何度も繰り返し思い出させることで、静まりかけたうねりにエネルギーを与え続けます。
 
またときには、他人から投げかけられた言葉をうねりを作り出した原因と関連付けることで、うねりにエネルギーを与え感情を刺激します。
 
例え本人は何も意図していなくても、他者からの言葉が無意識のうちに感情を刺激するのです。
 
ですから、まったく同じ言葉を受け取って気分が良くなる人や幸せな気持ちになる人がいる一方で、悲しくなったり、怒り出したりする人もいます。
 
原因は受け取る側にあります。
 
言葉を受け取る人は自覚していなくても、その人の無意識の奥深くに原因があるのです。
 
もし、なにも問題がないのであれば、例え不快な言葉を投げかけられたとしても、その言葉は感情のうねりを作り出すことなく静かに心を通り抜けていくはずです。
 
問題は、感情のうねりにエネルギーを与え続ける「なにか」が、無意識の奥深くに根深くこびりついていることです。
 
そして、例えばカウンセリングなどによってその「なにか」を作りだした原因となる感情を擬似的に再体験することができると、その「なにか」は弱まったり時には消えてしまうことがあります。
 
つまり、再体験することでその「なにか」を潜在意識の奥から顕在意識が認識できるところまで引きずり出してやれば良いのです。
 
ところで・・・
 
もしこの世の中に「運」の動きを具体的に説明できる技術があるとしたら、算命学はそのひとつです。
 
私には守秘義務があるので具体的なお話はできないのですが、ご相談にいらした方々の中にも「どうして私だけが・・・」と思ってしまうような理不尽な出来事について、その原因を運の動きのなかに見つけることで心が楽になったという方が何人もいらっしゃいます。
 
記憶の再体験には遠く及ばないにしても、本来なら知りようのない運の動きを知ることで、なにかしらの効果があるのかもしれません。
 
 
私自身、現実から離れてじっと部屋にこもり、どこまでも心の中を探求し続けた時期があります。そして、さまざまな心理療法も受けました。
 
そうしているうちに、自分の心を癒すためだった試みは、私にとって、いつのまにかカウンセリングと心の研究になっていました。
 
そのあとで算命学という道具を手に入れることになったのですが、ある時、これは心を癒やす手段のひとつになり得るということに気づいたのです。
 
理不尽に思える運の動きを理解するためには、多くの場合、個人の宿命を超えてその人の家系の気の流れを辿る必要があります。
 
そこから読み取った情報を相談者に伝える時は、とてもざっくりとした表現、ときにはかなり曖昧な表現を使っています。
 
でも、もしかしたら、もっと事細かに具体的に伝えたほうが、相談者の救いになるのではないかとも思うのです。
 
とてもデリケートな問題なので、慎重に判断していこうと思っています。